日々の生活の中で、そう思える事がどれだけあるだろう?
最近僕はその「嬉しい」を感じる事が多々ある。
極々個人的な事なのだが、人生の選択に差し迫られており、その選択の段階に何故か「嬉しい」が現れてきたのだ。(笑)
苦しんでいる時には、ちょっとした心遣いを受けたり、自分の好物を見つけてしまうだけで嬉しいものだ。ボーカーフェースの僕は、端から見るとあまり苦しんでいる様に見えないようだが。(笑)
「喜び」を感じられる音楽はめったに無いと、僕の敬愛するミュージシャンが言っていた。
確かにそうだ。音楽に「喜び」の感情を起こされた事はないかもしれない。
「嬉しい」はどうだろう?それも難しいかもしれない。
僕達がモノを買う場面では、先ずそのモノを気に入る。そしてそれが高価なものなら幾分躊躇してお金を払うわけだが、その後手に入れたという「嬉しさ」が込み上げてこないだろうか?
この時「欲しい」が「嬉しい」に取って変わる。ひょっとしたら僕達は、欲求を満たした後の「嬉しい」という感情を買っているのではないだろうか?
嘘だと思うなら、自分の気持ちを振り返ってみればいい!
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